三日坊主

映画の感想とか(@3kkamon9)

2021年見た映画

2021年(映画館で)見た映画
 
01/02 天井棧敷の人々
    新感染半島 ファイナルステージ
01/16 アイヌモシㇼ
01/23 香港画
    KCIA 南山の部長たち
01/31 粛清裁判
    国葬
02/06 天国にちがいない
    ズーム/見えない参加者
02/11 花束みたいな恋をした
    聖なる犯罪者
02/13 私たちの青春、台湾
    大盗賊
    ダニエル
02/21 あの頃。
    羊飼いと風船
    哀愁しんでれら
02/28 ノンストップ
    リーサル・ストーム
    チャンシルさんには福が多いね
    すばらしき世界
03/06 カポネ
    ある人質 生還までの398日
    ガンズ・アキンボ
    あのこは貴族
    ベイビーティー
03/13 ステージ・マザー
    キンキーブーツ
    野球少女
    私は確信する
03/20 ミナリ
    シン・エヴァンゲリオン劇場版
    ヒッチャー
    地獄の警備員
    ノマドランド
    ロード・オブ・カオス
04/03 レンブラントは誰の手に
    生きろ 島田叡
    VIDEOPHOBIA
    DAU.ナターシャ
04/10 21ブリッジ
    ザ・スイッチ
    騙し絵の牙
    きまじめ楽隊のぼんやり戦争
04/18 夏時間
    SLEEP マックス・リヒターからの招待状
    レッド・スネイク
04/24 きこえなかったあの日
05/01 ヒロシマへの誓い―ーサーロー節子とともに――
    結婚式、10日前
    シェヘラザードの日記
    私の娘の香り
05/02 青い空、碧の海、真っ赤な大地
    マリアの息子
    ザ・タワー
05/03 汝は二十歳で死ぬ
    ラシーダ
    街の上で
05/04 孤島の葬列
    ミナは歩いてゆく
    痕跡 NSU ナチ・アンダーグラウンドの犠牲者
05/05 長い旅
05/15 SNS-少女たちの10日間-
    海辺の彼女たち
    狼をさがして
05/29 フィールズ・グッド・マン
    クリシャ
06/05 ファーザー
    ミッドナイト・ファミリー
    コンティニュー
    僕が跳びはねる理由 
06/12 アメリカン・ユートピア
    愛のコリーダ
    Mr.ノーバディ
06/19 クワイエット・プレイス 破られた沈黙
    RUN/ラン
    アオラレ
    ヘカテ
    逃げた女
 

カセットテープ・ダイアリーズ 感想

 
あらすじ:1987年代イギリス、パキスタン移民の少年は閉塞的な街で、父親からの抑圧や人種差別的な嫌がらせに鬱屈としたものを感じていた。ある日、ブルース・スプリングスティーンの音楽を聞き、「自分のことを歌っているようだ」と感動する。その思いを文章にしてつづり、ジャーナリストになっていく、実話をもとにした青春映画。
 
この作品を見る前に、たまたま同時期のイギリスでの音楽による人種差別撤廃運動を描いたドキュメンタリー『白い暴動』を見ていたのがリンクして良かった。つまり当時のイギリスでは人種差別・排外主義が高まっていて、レイシズムも反レイシズムも当時の音楽シーンと密接に関係していたということ。作中にはヒロインが主人公の少年を「反ファシズムギグ」に連れていくシーンもあった。
 
私はこの話を、全ての「ファン」に捧げたい一作だと思った。この物語は差別や家父長制、経済問題を背景に描きながら、主人公のジャベドが、スプリングスティーンという国も世代も違うミュージシャンの音楽に影響を受けて、価値観も人間関係も少しずつ段階的に変わっていく姿を映し出している。
鬱屈とした閉塞感が、スプリングスティーンの音楽によって解放される衝撃的な出会い。彼の音楽に傾倒していくあまり、他の音楽…特に自身のルーツにかかわる音楽を敬遠しはじめる。けれど新しく出会う他者との関わりや親しかった人の新たな一面を垣間見て、スプリングスティーン以外の音楽にも心を開いていく。そして最後は、スプリングスティーンの音楽に自ら疑問を持つようになり、改めてスプリングスティーンの言葉を咀嚼して、新しい解釈を生み出していく。
一度好きになったものは、そう簡単には嫌いになれない。だってファンだから。
でも、大好きなものと一緒に年を重ねていけば、否が応でも変わっていく。自分や社会が…あるいは作品だって変わってしまうことがあるかもしれない。大好きだったものが大好きじゃなくなる瞬間だってあるかもしれない。
けれど、そのたびに何度も何度も咀嚼して再解釈していくことで、作品は真に自分の血肉となり、自分自身を物語る言葉になっていく。そして優れた作品は、何度噛み砕かれようがそれに耐えうる骨身がある。
まあ場合によっては、大好きなものに永遠の別れを告げてしまう瞬間があるかもしれないが、私はそれだって肯定的に受け止められるような気がした。
 
主人公の家庭は「父親以外意見を持てない」まさしく家父長制なのだけど、その父親は物語の途中で失職し、再就職できず妻の前で思わず涙を流したり、内職をしすぎている妻にお茶を入れてあげたりするシーンがある。昨今語られる「男らしさ」の問題点…「弱みを見せられない」とか「自分がどういう存在か言葉で語ることができない」などにまさに直面しもがく人物だ。対して息子のジェベドは作家を目指している。自分自身を物語ることを、まさに行っている。そんな彼を通して、父親のような人物もまた少しずつ解放されていくのかもしれない。

はちどり 感想

 

youtu.be

あらすじ:1994年韓国、男性が優位な社会で、中学2年生のウニは鬱屈した孤独と苛立ちを感じている。学校にもなじめずにいるが同じ漢文塾に通う親友がいて、ボーイフレンドや後輩の女子生徒とデートをする。ある日、漢文塾にやってきた教師のヨンジと出会う。彼女だけは、ウニにきちんと向き合ってくれる大人だった。

 

ある一点をのぞいて大きな事件はない。ウニの視点で描かれる、鬱屈とした毎日だ。けれど、これがウニ一人だけが直面していることではなく、韓国という社会そのものがぶつかろうとしている壁であることは分かる。オープニング、カメラが引いていき団地の似たような玄関扉が画面いっぱいに広がっていくのがすごく象徴的だ。自分の家を間違えて、インターホンを押しても誰も応えてくれず不安そうに何度も母を呼ぶウニは、これから映画の中で描かれるものを端的に示唆している。

描かれるものはどれもこれもうんざりするような現実ばかりだ。一つ一つのシーンは計算され配置され、巧みに物語を構成している。


夜突然訪問してきた叔父の話、無気力な母…男の兄弟が優先され、大学へ行ける学力があったにも関わらずウニの母の人生は狭められた。
家族の目のないところで暴力を振るう兄、それを訴えた時に姉が見せる冷静な視線。ウニの友人もまた兄からより酷い暴力を受けている。家庭内での暴力が当たり前に存在し、社会に黙認されている。

女性であるというだけで我慢を強いられ、とるに足らない存在として扱われて、文句を言っても聞いてもらえない。そうした日々を丁寧に映しとっている。

けれど同時に、男性もまた重圧を受け、逃げ場を失っている。ウニがはじめて殴られるシーンで、兄は勉強をしている。そして「だから当然だ」と言わんばかりに彼はウニを一方的に諫め、命令をする。過酷な受験を勝ち抜くことは人生の成功のための必須だと子供達の意識にも刷り込まれているのは、教室で居眠りをしているウニに向けられる言葉からも分かる。作中で突如泣き出す二人の男性は情けないけれど、彼らを「男」ではなく「個人」として描く寄り添いであり解放に繋がる。家父長制で幸せになるのはごくごく一部の人に過ぎない。

パンフレットのインタビューで監督が「最も弱い人間が泣くだろうと思った」という趣旨の発言を見て、より納得できた。


この映画は「無関心で抑圧的な大人」が多く描かれるけれど、同時にヨンジ先生のような主人公に向き合ってくれる存在もいる。丁寧にお茶を入れ、話を聞いてくれるし、大切な言葉を伝えるために会いに来てくれる。

そして同時に「名もなき大人たちのさりげない優しさ」も描かれていたと思う。私は地味に、それがすごく良いと思った。
ウニは入院することになるが、でも病院は「家より居心地いい」と感じる。同じ病室の女性たちは、まだ子供であるウニを何かと構って親切にしてくれる。それは別の視点から見れば無神経でプライベートを詮索してくるような「お節介」でもあるのだけれど、ただ子供であるというだけで「偉いわねえ」と優しくしてくれることがウニは嬉しかったんだろう。周囲が普段彼女にどれだけ無関心で、彼女が自己肯定を得られずにいるかを端的に表している。
同時にもう一人印象的だったのがウニを最初に見てくれる男性医師だ。ウニは、親戚だったか親の知り合いだったか…忘れたけど。そういう縁故があるからという母の命で、仕方なくその病院に通うことになる。中年の男性医師はほとんど存在感がなく、なんならやる気もなさそうだし私は勝手な印象で「信用できない」カテゴリにおいてさえいた。(偏見及び先入観です…でも実際に、中学生の女の子にとって、男性の中年医師はちょっと怖い存在だと思う)
でも、兄から殴られて鼓膜が破れたウニに、男性医師は「診断書いる?」と尋ねる。驚くウニに、男性医師は必要な時もあるからと言って、「必要になったら言えばいい」という趣旨のことを言う。
助け舟といえるほどのことじゃないかもしれない。職業的には当然のことだ。でも彼はほんのわずかでもウニに手を差し伸べていたし、ほとんど背景のような人物だったが、ちゃんとウニが暴力を受けていることに気付いていた。彼はもしかしたら、他のDVの被害者女性に、診断書を出したことがあるのかもしれないなんて想像をした。
私はヨンジ先生ほど立派に若者に向き合うことはできないかもしれないが、この男性医師ぐらいにはなりたい。

 

もう一つ、この作品はウニの日々を通して1994年の、いわば時代が大きく変わり始めるその寸前の韓国社会、その社会に生きる人々の意識を描いている。
私は韓国の歴史に詳しくないので、読み取れてないことの方が多いと思う。1994年10月24日の意味も分からなかった。
ただ、変わっていく社会への戸惑いや、足元が崩れ去るような不安にはとても共感する。
物語的にもっともドラマティックになるくだりがソウル大橋の崩壊で、ウニの小さな物語でもドラマが生まれるが、それは人々の何かを露にしただけで、あとから振り返れば笑い話になるような出来事で、大きな影響はないはずだった。
けど、ヨンジ先生の家を訪れて、そんな安堵は激変する。ヨンジ先生の母が「どうしてあんな大きな橋が落ちるの」というあの一言で、きっとウニは自分が大きな社会から逃れられない存在であることが突き付けられたに違いない…っていうか私が突き付けられたんだが。
震えるほど恐ろしくなった台詞だった。これは人生には避けられない悲劇が起こる時もある…なんてことを示した台詞じゃない。大きな悲劇は結局、自分達が見過ごしてきた小さな不安につながっているということ。大きな橋が落ちることは、「問題があっても、でも社会はちゃんと回り続けるだろう」という漠然とした社会に対する信頼が壊れることと同じだ。そして、その信頼を裏付けるものが無関心でしかなかったことを暴露する。
1994年の韓国は、急速な経済発展を遂げている最中らしい。今よりかはまだ希望を感じて、勝手に世の中は良くなると信じられたかもしれないが、同時に上手くいくわけがないという不安もあったかもしれない。今は、そうした盲信がより通用しない時代になっている。でもきっとみんなどこかで「橋は落ちない」と信じている。
私たちの渡る橋や住む家は壊れないだろうという意識は、科学的な知見によるものじゃなく、「そんなこと起こったら大変だから、作る人はみんなちゃんと考えて、技術のある人たちが作ってるんだから」という漠然とした社会への信頼だ。でも同時に「社会に問題がある」ことをみんなよく知っている。政治家は汚職をするし、全ての人間がちゃんと職務を全うするわけではないことをよく分かっていて、世の中は「そんなもん」と認識している。なのに社会は壊れないと信じているのは矛盾であり、「自分だけは大丈夫」と目を逸らしているに他ならない。政治家が汚職をするなら大手建設会社だってするし、配達員が過労死するような無理なシステムがあるのなら、建設現場にだって同じことが起こっているかもしれない。よって橋は落ちるし、原発も爆発するし、いつか私の住むマンションは崩落するのかもしれない。大きな悲劇と私達の足元は地続きだ。
見ないようにしている不安を、端的に言い当てられ暴露された気持ちになったのが、あの母親の言う「どうしてあんな大きな橋が落ちるの」だった。あの台詞を、私は泣きながら現実で言いたくはない。
社会の中で見過ごされてきた問題が、悲劇となって露になる…韓国の小説『フィフティ・ピープル』を思い出した。韓国に限らず、社会はたびたびそうした出来事に直面するが、悲劇を悲劇としてではなく社会の問題として捉え、「どうして」にちゃんと向き合うならばまだ救いがあるのかもしれない。

 

私が鑑賞中一番泣いたのはヨンジ先生が「殴られないで」とウニに語り掛けるシーン。ウニに殴られないで立ち向かってと言うシーンは、きっと自分たちの時代でできなかったことをウニの世代に託す台詞でもあるが、私はそれ以上にウニに「あなたは殴られて当然の存在ではない」と必死に伝えようとしているのだと感じて泣けてきた。殴られて、でも仕方がないなんてことは絶対にない。だから立ち向かっていい。誰かが暴力を受けてようやく保たれているような社会なんておかしい。
私はさっぱり気付かなかったけど、ヨンジ先生はたぶん学生運動に参加して、その中でなんらかの挫折を味わったんだろうということが作中の描写から読み解ける(らしい)。あのシーンに、ヨンジ先生の無念のようなものを感じるのは、監督の本意かは分からない。インタビューでは「同じ経験がなくとも人に共感することは可能だ」と語っていて心底唸った。
ただヨンジ先生は痛みを抱えていて、自分が「なんにもできない」と感じたことがあるのは事実だ。
掌を見つめ指先を動かし「なんにもできなくても自分の指は動かすことができる」「そこに神秘を感じる」そうウニに語りかけ励ます。私はこれを「どんな時でも自分の体は自分でコントロールすることができる」という自己決定権的なメッセージと受け取った。違うかもしれないけど。もっと純粋に、神秘的な、己の身体の驚異性を励みにすべきかもしれないけど。

 

 

だらだら語っていると、作中の全ての要素に触れなきゃいけない気がしてくる。

ウニの彼氏と、恋人っぽい雰囲気になる後輩の女の子との関係とか。ウニが傷跡ばかりに気にかけられるところとか。親友との仲直りのくだりで「怖かったの」と女の子が告白した瞬間に「この子はどれだけ恐ろしい思いを日常的にしているのか」と胸が張り裂けそうになったとか。

母親ができたてのチヂミを食べるウニを温かく見つめるラストシーンがあまりに素晴らしくて、閉塞的な物語でも希望を感じた。ウニが大人になった頃も、世の中はさして大きく変わっていないけれど、とはいえ全く変わっていないわけでもない。大人になったウニが、どんな風にこの世界と向き合うのかを想像し、それはつまり今私がどのように世界と向き合うかを問うことと同じだとふと思った。

エイブのキッチンストーリー 感想

『エイブのキッチンストーリー』
あらすじ:イスラエル系の母とパレスチナ系の父のもと、ブルックリンで生まれたエイブ。好きなものは食べ物、もっと好きなのは料理。両方の祖父母が集まる場では宗教や政治的対立のため口論が絶えない。学校でもいじめっ子がいるが、SNSで繋がる友達はいる。ある日、世界各国の料理を組み合わせた「フュージョン料理」を作るシェフ・チコを知り、会いに行ってみることに…そして彼らの働くレンタルキッチンで手伝いをすることになる。
 
主人公の「イスラエル系の母とパレスチナ系の父を持ち、ブルックリンで生まれ育った」という設定がまず魅力的だった。
思わず笑ってしまうような複雑なルーツだけど、それは現実に存在している複雑さ。
舞台となるブルックリンの多様な人々、多様な料理が鮮やかに象徴している。
 
作品のテイストはとても軽やか。
ブルックリンの街並みや、SNSが当たり前に存在している多感な少年の日々だとかに、MCUスパイダーマンや『エイス・グレード』などの作品を思い出したりもする。「現代的なテーマ」を、とても「現代的に」描き出している。
 
ストレンジャー・シングス』ウィル役でお馴染み、ノア・シュナップ君の繊細で瑞々しい演技も素晴らしくて、主人公のエイブ君がとにかくもう、なんて健気でなんてキュートなんだ…!!
多様な文化の入り混じる食卓は色鮮やかで美味しそうだし、彼が知り合うブラジル人シェフのチコは、エイブを雇うことで強制送還されるかもしれないにも関わらず、居場所を失いかけているエイブを助けてくれるナイスガイ。
私は「まずは説明不足で理不尽な試練を乗り越える」展開があまり好きじゃないんだけど、チコは説明不足感はあるが決して無用な厳しさは感じない絶妙な塩梅だった。教えるべきことはちゃんと理論的に教えてあげているのが良い。そしてエイブを一人の人間として扱いながら大人としての責任を忘れていない。
 
そうやって少しずつ料理の腕前を上げていくエイブ君を見ながら、幸せになってほしい。笑っていてほしい。お願いだからどうか泣かないで…と切に願うものの、上手くはいかない。
両者の対立はコミカルに、それぞれの文化や宗教を観客に紹介するように描かれてとても興味深いものだけれど(さらりとムスリム差別が描かれているところも丁寧だなあと思った)、終盤はエイブの気遣いを無碍にするような胸が苦しくなる口論が続く。
こんな可愛い孫や、孫の手料理を前にして口論を始める大人達には、正直腸が煮えくり返る。ていうかもう虐待だろ!いい加減にしろよお前ら!と食卓に殴り込んで胸倉つかんで説教してやりたくなる衝動にさえ駆られる。
……でも、私にその資格があるか?といえば、ない。
 
この映画を見ながら、エイブに感情移入し、或いは我が子の重ね合わせて、大人たちに怒りを覚えた人はきっと多いと思う。その人はきっと立派な大人だ。
互いの主義主張がどうであれ、幼いエイブには何の罪もない。彼を傷つけていい理由にはならない。
でも、じゃあ自分だったら矛を収められるのだろうか?と考えると…いや考えること自体が難しい。
 
パンフレットには岡真理先生がパレスチナ問題をはじめとしたエイブの家族の背景を簡単なコラムとして解説していたが、彼らの口論の原因はユダヤ系祖父がシオニズムの支持者であることが大きい。
宗教的・文化的問題以上に、今まさに血が流れ続けている大きな問題は、家庭の中でも立ち現れる。
劇中、父方母方それぞれの祖父母の背景はさらりと語られる。
イスラエル系でユダヤ人の祖父はイスラエル建国の際に実際に軍人として戦い、今もシオニズムを支持している。
パレスチナ系でムスリムの祖父母は、イスラエル建国の際に暴力的に国を追われて難民となりアメリカに辿り着いた人たちだ。
彼らは実際に血を流し、過酷で凄惨な戦火を潜り抜け生き延びた世代であり、彼らの子供たちが結婚し、一同が同じ食卓に付いていること自体が、なかなか信じられないようなことだ。
 
そうした背景を踏まえて、私は彼らに「落ち着いて冷静になれ」と言えるだろうか。「言い返さずに我慢しろ」と言えるだろうか。言ったところで、その言葉で彼らが止められるだろうか?
 
この作品の感想で「やっぱ宗教って面倒だわ」というようなものも目にしたけれど、正直そう単純な話ではないし、なによりこの作品自体、そうした意見も踏まえた上で作られている。
エイブの両親は、エイブのために無宗教を選択している。特に父親は完全に宗教的なものにうんざりしてしまっている。まさしく「宗教なんて面倒だわ」だ。
でも、うちは無宗教なんで…では済まない。自分が無宗教を選択しても誰かにとっては宗教は大切なアイデンティティだ。面倒だからなしは通用しない。それこそ暴力的な行いになる。
そしてエイブが無宗教を選ぶかどうかも、父親が決められることじゃない。
それを分かっている母親は、エイブ自身に宗教を選択してもらいたいと思っている。
同じ無宗教を選択した両親の間でも、方針による対立が生まれて、エイブは引き裂かれることになる。
 
この映画のあらすじを知った時、「宗教的文化的理由により対立する両親を、エイブが料理によって和解に導く」ような話かと思ったが、見終えた後は違う捉え方になった。
(というか、そういうラストであったなら、重すぎる問題を幼いエイブに背負わせすぎで、児童虐待色が更に強くなり、流石に私も受け入れがたかったと思う)
 
この映画は「エイブが自身の複雑なルーツを料理によって受け止めて、アイデンティティを確立していく話」だと思った。
祖父母間の対立の根元は政治的問題にあるにせよ、表面的にはエイブがムスリムユダヤかのどちらかを選択すれば終わるものが多い。
でもエイブはどれも選べない。「ユダヤムスリムの両方は無理なの?」と聞くのは彼の気遣いであり優しさだろうが、更にいえば、彼はそのどれかだけを選ぶことにしっくりきていないんじゃなかろうか?
彼は複雑なルーツのどれか一つではない、そのままの複雑さを自身のアイデンティティーと見ている。そしてその特殊なアイデンティティーは、宗教では体現できないけれど、料理でならできる。そういう話じゃなかろうか?
 
大人達が矛をおさめるのは、エイブの料理で自身の考えを改めたからじゃないと思う。
自分達がエイブを傷つけてしまったことを悔やみ、そこで初めてエイブのアイデンティティである料理を向き合い、彼という人間を尊重することを決めたからじゃなかろうか。
対立はある。それは、今はどうしたって解決できない問題だ。
けれど、行き過ぎた争いは大切なものを傷付けるだけだ。
歴史で学んだはずの自明の理を大人達は見失っていた。
だから同じ過ちを繰り返さないように、彼らはエイブを大切にすることを選ぶ…そういう話じゃなかろうか?
 
それは双方の対立を根本的に解決するものではない。
エイブという「次世代」に希望は託されるが、それだって「正解」かどうかは分からない。
しかし、エイブの家族がぶつかっている問題は決して一個人、家族だけでどうにかできる問題じゃなく、社会が、世界が相対して解決へ導かねばならない問題だ。
面倒だ、じゃ済まない話だ。
 
「逃げるな、立ち向かえ」
そして「自分らしくいろ」
 
自分らしくいることが立ち向かうことでもあるし、誰かの自分らしさを尊重することが立ち向かうことでもある。 
チコがエイブに伝える言葉は、国籍も人種も宗教も老若男女も問わず、この作品を見た全ての子供と大人へのエールであり激励と思って受け止めた。 
 

2020年個人的映画ベスト

  1. エイブのキッチンストーリー
  2. はちどり
  3. カセットテープ・ダイアリーズ
  4. ハスラー
  5. 娘は戦場で生まれた
  6. ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語
  7. プリズン・サークル
  8. スペシャルズ!~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~
  9. パピチャ 未来へのランウェイ
  10. ゲスト:アレッポ・トゥ・イスタンブール

 

 
2020年に映画館で観た映画は144(リストに抜けがあった…まだありそう…)145本らしい(詳細は下記)。
二か月ちょっと全く映画を見られない状態だったにしてはわりと多くね?って思うんですけど去年は160本ぐらいだったのでまあこんなもんかなあという感じです。
 
次点で、ロングショット、透明人間、異端の鳥、燃ゆる女の肖像、マルモイ ことばあつめ、スキャンダル、ストレイ・ドッグ、シリアにて、バクラウ、ハッピー・オールド・イヤー、FUNAN…もベスト10に入れたい…(無理)あとパラサイトは去年先行上映で見たので入れてません。
『ゲスト:アレッポ・トゥ・イスタンブール』は今年のイスラーム映画祭の上映作品。今回見られた上映作品全部まとめてベストに入ってるようなもんです。
 
ベストドキュメンタリー映画、という縛りでなら、
  1. 娘は戦場で生まれた
  2. プリズン・サークル
  3. 彼らは生きていた
  4. なぜ君は総理大臣になれないのか
  5. ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記
  6. ようこそ映画音響の世界へ
  7. 死霊魂
  8. はりぼて
  9. 行き止まりの世界に生まれて
  10. さよならテレビ
順位は適当。
でも白い暴動とか、メイキング・オブ・モータウンとか、わたしは金正男を殺していないとかも良かった…ってこれほとんど全部か? 旧作だと蟻の兵隊ゆきゆきて神軍を今年の再上映で見られたんですけど、衝撃でした。
 
 
 
2020年映画館で観た映画リスト

01/11 ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋
01/12 i-新聞記者ドキュメント-
     フォードvsフェラーリ
01/17 ある女優の不在
01/18 エクストリーム・ジョブ
     ジョジョ・ラビット
01/25 さよならテレビ
     リチャード・ジュエル
01/29 mellow
01/30 羅小黒戦記
01/31 ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密
02/01 最初の晩餐
02/02 マリッジ・ストーリー
02/20 ハスラー
02/22 ミッドサマー
02/23 1917 命を懸けた伝令
02/27 his
03/01 AI崩壊
     スケアリーストーリーズ
03/03 SHIROBAKO
03/07 彼らは生きていた
     スウィング・キッズ
     音楽
03/08 日本のいちばん長い日
03/12 ジュディ 虹の彼方に
03/14 スキャンダル
     殺さない彼と死なない彼女
     37セカンズ
     チャーリーズ・エンジェル
03/18 レ・ミゼラブル
03/20 プリズン・サークル
     ハーレイ・クインの華麗なる覚醒
06/06 娘は戦場で生まれた
     デッド・ドント・ダイ
     ルース・エドガー
06/13 アベンジャーズ
     アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン
     シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ
06/20 エジソンズ・ゲーム
     ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語
     21世紀の資本
06/27 アイアンマン3
     ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー
     ランボー ラスト・ブラッド
07/05 ペイン・アンド・グローリー
     風の谷のナウシカ
07/11 透明人間
     ドロステのはてで僕ら
     SKIN(短編版上映付き)
     白い暴動
07/18 WAVES
     もののけ姫
     悪人伝
07/24 パブリック 図書館の奇跡
     カセットテープ・ダイアリーズ
     オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡
     エレファント・マン
08/01 海底47m 古代マヤの死の迷宮
     アルプススタンドのはしの方
     東京裁判
08/10 ディック・ロングはなぜ死んだのか?
     ブラック アンド ブルー
     グッド・ワイフ
     グレース・オブ・ゴッド 告発の時
08/12 蟻の兵隊
08/13 ラ・ヨローナ~彷徨う女~
08/15 ゆきゆきて、神軍
     はちどり
08/22 海辺の映画館 キネマの玉手箱
     ブックスマート 卒業前夜のパーティデビュー
     赤い闇 スターリンの冷たい大地
     アングスト/不安
     ゼロ・グラビティ
08/29 インセプション
     デヴァイン・フューリー/使者
     2分の1の魔法
09/05 オフィシャル・シークレット
     のぼる小寺さん
     Reframe THEATER EXPERIEN
09/12 ソン・ランの響き

          幸せへのまわり道
     Reframe THEATER EXPERIEN
     ブルータル・ジャスティ
09/20 神に誓って
     ガザ・サーフ・クラブ
     TENET
09/21 ベイルート-ブエノス・アイレス-ベイルート
     イクロ3 わたしの宇宙(そら)
     ハラール・ラブ(アンド・セックス)
     mid90s ミッドナインティー
     行き止まりの世界に生まれて
09/22 ゲスト:アレッポ・トゥ・イスタンブール
     花嫁と角砂糖
     ラグレットの夏
09/26 マティアス&マキシム
     ミッドウェイ
     スペシャルズ! 政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話
10/04 ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記
     なぜ君は総理大臣になれないのか
     凱里ブルース
     メイキング・オブ・モータウン
10/11 82年生まれ、キム・ジヨン
     ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ
     星の子
     異端の鳥
10/17 マーティン・エデン
     フェアウェル
     シリアにて
10/24 はりぼて
     スパイの妻
     本気のしるし
10/31 どうにかなる日々
     ザ・ハント
     8 1/2
     青春群像
11/07 ベン・ハー
     ウルフウォーカー
     ストレイ・ドッグ
11/14 博士と狂人
     ミッシング・リンク
     ようこそ映画音響の世界へ
     ストックホルム・ケース
11/22 浅田家!
     地獄の黙示録 ファイナルカット
     パピチャ 未来へのランウェイ
11/28 おらおらでひとりいぐも
     わたしは金正男を殺してない
     ウィッカーマン
     ファナティック ハリウッドの狂愛者
12/05 ホモ・サピエンスの涙
     燃ゆる女の肖像
     トータル・リコール
     シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!
12/13 罪の声
     劇場版「鬼滅の刃」無限列車編
     魔女見習いをさがして
     エイブのキッチンストーリー
12/19 ワンダーウーマン1984
     マルモイ ことばあつめ
     ハッピー・オールド・イヤー
     バクラウ 地図から消された村
12/27 死霊魂
12/28 ハッピーアワー
12/29 FUNAN フナン
     ニューヨーク 親切なロシア料理店   

 


配信等で見た映画リスト


〇2月
スノーピアサー

 

〇3月
ロマンティックじゃない?
アイ・フィール・プリティ
ハッピーデスデイ
ハッピーデスデイ2U
イット・フォローズ
ゼイリブ

 

〇4月
ミスト
いつかはマイ・ベイビー
軽い男じゃないのよ
一人っ子の国
ジェーン・ドゥの解剖
サムワングレード
エイリアン
エイリアン2
ラブアクチュアリー
エイリアン3
アンカットダイヤモンド
タイラーレイク
FYRE 夢に終わった史上最高のパーティー
セットアップ
ショート・ターム

 

〇5月
20センチュリー・ウーマン
ジュラシック・パーク
ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク
ジュラシック・パーク
ジュラシック・ワールド
ジュラシック・ワールド/炎の王国
パターソン
ヒックとドラゴン
ランボー 最後の戦場
アメリカン・サイコ
EXIT
ハーフ・オブ・イット
エイリアン4
プレデター
プレデター2
エイリアンvsプレデター
AVP2エイリアンズVS.プレデター
アナと雪の女王
アナと雪の女王2
ワタシが私を見つけるまで
ミス・アメリカーナ

 

〇6月
13th 憲法修正第13条
七人の侍
ヒックとドラゴン2
ヒックとドラゴン 聖地への巡礼
プレデターズ
ザ・プレデター
キスキス, バンバン

 

〇7月
スパイinデンジャー
オールド・ガード
グッバイ、シングル
ガール・コップス
ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ
羊たちの沈黙
ザ・ソウルメイト
海底47m

 

〇8月
イップ・マン序章
トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして
スケボーが私を変える アフガニスタン 少女たちの挑戦(短編ドキュメンタリーNHK放送)
おとなの恋は、まわり道
恋のときめき乱気流


〇9月
恋愛適齢期
ザ・ライダー
悪魔はいつもそこに
ベストキッド
ビリーブ 未来への大逆転
RBG 最強の85才

 

〇10月
生きのびるために
シカゴ7裁判

 

〇11月
ジェラルドのゲーム
すべてをかけて:民主主義を守る戦い
未来を花束にして
セブン
サプライズ

 

〇12月
悪魔のいけにえ
市民ケーン
マトリックス
ワンダーウーマン

ボーイズ・イン・ザ・バンド